旅慣れた人になりたい

旅慣れた人になりたいといつも思っている。

わたしの思う旅慣れた人というのは、なるべく荷物を持たずに旅に出る人のことだ。荷物を持たずどころか、会社帰りや出張の帰りにふらっと寝台列車に乗ったり、フェリーに乗ったり、あるいは空港へ夜景を見に行ったその足で、旅に出てしまうようなフットワークの軽さともいえる。着の身着のまま、あとは財布があればいい。そんなくらいの身の軽さを身につけたい(って身につけるものを減らしたいといっているのに、そういう表現しかないのが不思議だ)。

かつてわたしは旅どころか学校や仕事に行く時でさえ、あらゆる装備(装備という重たい単語を使ってさしつかえないと思うレベル)をもって出かけていた。旅になるともっとである。ようは貧乏性で、想像力がたくましすぎた。旅先のホテルで停電になったら、このペンライトを使えばいい。長い鈍行列車でも退屈しないように文庫本は3冊くらいいるかな。もし、急に一泊増えたりしたときのために替えの靴下を持っていこう。万事がそんな感じで、荷物がふくれあがる。もともと肩こり症なのが、もっとひどい肩こりの原因を自ら作っている。そんなにもかかわらず、旅先では歩き回る。腰痛にもなる。

そういうスタイルしか思いつかなかったのだけど、ある時転換点が訪れた。漫画「ハチミツとクローバー」の終盤の少し手前ころのある話を読んだのだ。主人公のひとり、真山が片思いのリカさんと寝台列車カシオペアを見にいって、そのまま乗車してしまい、リカさんの故郷まで一緒になりゆきで旅することになってしまう。列車が動きだしてから、車掌さんに聞いて、あいている個室(ベッドが二つある)を見つけて、終点までの切符を買う。相当高い切符だ。でも、どう考えても思いを遂げるためのチャンスだというのは、恋愛偏差値の低い自分でも読んでいてわかった。お金の使い時だ。そし、旅に出るのに準備なんかいらない、だって旅立ちはいつやってくるかわからないからだ。常に旅立てないとダメなんだ!ということに気づいた。

それ以来、旅行に出るときは荷物を減らしまくることを実践しはじめたと思う。ふと思い立って、金沢へ行く。カバンひとつだけで。着替えは全部、現地のユニクロで買って、着替えた。帰りの荷物は増えたけれど、なんだか新しい旅ができたような感動は確かにあった。お金がかかるのが難点であった。あと、一人なのでドラマチックを共有する人はいなかった。

最近はやりのミニマリストになりたいわけではないと思う。物を持ちたくないのではなく、身軽に旅にでかけ、身軽に移動する、そうありたいだけなのだ。

この試みはそれ以来、わりと成功していると思う。確かに都市部でなければ、服の現地調達どころか食料の確保すら難しい旅先もある。でも、これは多分使わない、これもたぶん読んでいる時間はない、と少しずつ減っていっている。

しかし、しかしだ。kindleはあるけれど、急にkindleにない本を読みたい気分になったらどうしよう!と思うときがあるのだ。今がまさにその時だ。明日から長崎へ行くというのに、持っていく本が決まらない。いや、置いていく本が決まらない。穂村弘角田光代「異性」の文庫本だけ持っていくのか、kindleを持っていくのか、はたまた両方もっていくのか。。。自分の経験上、旅先の本屋で新しい本を何か買ってしまうことがわかっているのに、そのありさまだ。文庫本3冊を1冊に減らせても、そこから先になかなか進めないでいる。

冒頭にあった、身軽な旅人へ近づくためにも、まだまだ修行はいるのだった。