10月後半になって気になる美術展が始まっています。ひとつは京都国立近代美術館の藤田嗣治展。もうひとつが兵庫県立美術館で開催されているサビニャック展です。両方行こうとは思っていたのですが、本当に気分的な問題で藤田嗣治のあの乳白色の絵柄を見たいなと思って、当初は京都へ出かける予定でした。ですが、本日のあまり見事な秋晴れっぷりを見て「ああ海を見たい。開けた場所から海を望む場所へ行きたい」と思い、ならば海沿いにある兵庫県立美術館だ、と急遽行き先を変更してサビニャック展へ向かうことにしました(そこで乗った阪急電車の中吊り広告が全部、藤田嗣治展だったのにはやや気圧されましたけど)。
行って見て帰ってきた今だから言いますが、実を言うとサビニャック展を少し侮っていたような気がします。藤田嗣治展に比べると優先度は個人的には低かったのです。それは別にサビニャックが好きではないとかではなく。サビニャックのポスターというのは日本ではわりと広く長く親しまれていて、どこにでもあるものというほど普遍ではないけれど、恵文社のようなちょっとおしゃれな書店やセレクトショップへ行くような人であれば、わりとよく目にするものでした。かくいう私もそうで(我ながらちょっと鼻持ちならない感じですね!)、それゆえに「別に美術館で見なくてもいいかな」とさえ思っていたのです。
ところが、これは大きな間違いでした。これは絶対に美術館へ見に来ないといけなかった。展示室内の撮影はできないので写真でお見せできないで説得力にかけるかもしれませんけど、美術館でないといけない理由、それは大きさです。冒頭にあるサビニャックの運命を決めた「モンサヴォンの牛乳石鹸」のポスターで、縦1.5mx横1.1mもあります。でも、このサイズはまだ小さい方で、中には縦3mx横4mに達するものもあります。われわれがよく電車の中で見かけるポスターのサイズがだいたいB3サイズ、すなわち縦36.4cmx横51.5cmくらいですし、家で貼るような映画のポスターでもA2サイズ、縦42.0cmx横59.4cmくらいなのです。A2サイズを個人の家に飾るとかなり大きいと感じると思いますが、それからしてもこの展覧会のポスターのサイズは非常に大きい。なぜなら、この展覧会のコレクションは実際にパリの街中のサインポールや、地下鉄の駅の壁に貼られたものだからです(原画の展示もありますが、同様にサイズが大きい)。
このサイズ感、圧倒的です。そのサイズゆえポスターとしての説得力(商品メッセージを伝える)をものすごく感じることができます。おしゃれな空間を演出する小物としてのポスターじゃなくて、「そうだこれが広告だ」と言わんばかりにずばーんと訴えかけてくる。別にサビニャックのポスターはおしゃれでないと言うのではなく、やっぱりおしゃれで可愛らしいし、見ているとふふふと自然と笑みがこぼれてくる良さもあるんだけど、なんだけどそれだけじゃないものがちゃんとあるなーと、このサイズで見て初めてわかりました。
ちょとわかりづらいですが、図録掲載の駅構内に掲出されたときの写真。壁の大きさからわかるでしょうか。
展示の構成ですが、これがかなり工夫されているというか、よくある回顧展の編年体的な構成ではなく、最初におおまかなサビニャックの経歴をさらっと紹介したあとは、彼が題材としていた10のモチーフを抽出して、モチーフ別にポスターを紹介するというようになっています。確かにこの方が見やすいです。10のモチーフとは動物や子ども、指差す人、働くひとなどです。指差す人がじつは一番良く目にしているモチーフかも。
サビニャックが世に知られるようになったモンサヴォンの牛乳石鹸のポスターは、彼が41歳のときの仕事。彼自身、この雌牛のおっぱいから自分は生まれたと言っているそうです。石鹸の上に立つ雌牛以外の泡に包まれたバージョンがあるのは知りませんでした。ああ、この目、目が良いなぁ。
なんとびっくりしたのがサビニャックは日本の企業のポスターも手がけていて、明治ミルクチョコレートや「としまえん」のポスターがありました。としまえんは東京の遊園地ですけど、わたし自身は行ったことはありません。でも、西武系列であるせいか、広告にはものすごくお金をかけて、ものすごく尖ったものを製作していたというのは知っています(雑誌「広告批評」によく登場していたので)。さすがというべきか、1989年にはもう仕事を依頼していたのですね...
図録から印象に残ったポスターを紹介します。ルノーのNo.4(R4)という小型自動車のポスター。はじめて見ました。自動車で遠出しよう!っていう雰囲気がすごい伝わってきました。
オリベッティのタイプライターのポスター。タイポグラフィ好きなので気に入りました。サビニャックの文法というか、「人物と商品を(文字通り)一体化させて商品メッセージを伝える」というのが、他のポスターでも多用されています。
さて、この展覧会の内容にはとても満足しましたが、ひとつだけ気がかりな点があって、それは観覧客の少なさです。日曜日の昼間という絶好の時間帯にも関わらず、ゆったりとしていて、とても10/27(土)に開幕、つまり昨日から始まった展覧会とは思えません。平日の常設展コーナーくらいの人しか見に来ていない。押し合いへしあいの美術展は苦手だし、ゆっくり楽しめるのはいいのだけど、せっかくこんなに良い展覧会で見るひとが少ないのはなんだかもったいない気がします。この大きさのポスターの展示で、サビニャックの主要なものをまとめて展示することって、たぶんこの先そんなに機会がないと思うのですよね。12/24(月)まで開催されているので、もっとたくさんの人に見に行って欲しい!
*たぶん、この展覧会は大手メディアが絡んでいないから、宣伝が少なめなんですよね(藤田嗣治展みたいに中吊り広告ずら〜とかできない)。広告ポスターの展覧会なのにそれはちょっと悲しい。だから、勝手に応援しちゃう。
ちなみに兵庫県立美術館の公式ページには割引券があって、スマホで見せるか印刷して持っていくと100円割引になります(大人1300円→1200円)。さらにJAFの会員だと200円引きの1100円の前売り券価格になります。
(おまけ)
兵庫県立美術館は安藤忠雄の設計。開館直後にも見学に来ましたけど、この巨大なひさしが個人的には好き。
これは知らなかったのですが、ヤノベケンジさんのサンシスターが立っていました。2015年に設置されたそう。ということはそれくらい兵庫県立美術館に来てなかったってことか(阪急だと王子公園駅、JRだと灘駅、阪神だと岩屋が最寄り駅なんですが、京都からはいかんせん遠くて。吹田からでも1時間くらいかかる)。
王子公園駅付近の高架橋。すごい、今まで降りたことがなかった(美術館には阪神電車で来ていたので)ので気づきませんでした。すごい美しいアーチに目を奪われて、しばらく展覧会そっちのけで土木散歩になってしまったのでした。
高架下建築...良い
王子公園駅の近くには水道筋商店街という元気なアーケード商店街がありました。そこの宣伝がどれも面白かったです。