ルート・ブリュック展観覧

今週は遅めの夏休み、というべきか夏休みをお盆の前と今週とに分割取得しています。この時期は残暑でバテ気味なので仕事を休めるのは正直助かっています。わりとゆっくり身体と頭を休めているのですが、ずっと家にいても退屈なので平日の美術館へでかけました。伊丹市立美術館で開催されている「ルート・ブリュック 蝶の軌跡」展です。

記事にはできていないのですが、夏コミの原稿ができた直後くらいの7月末に、大阪東洋陶磁美術館へ「フィンランド陶芸」展を見に行きました。今年2019年は日本とフィンランドの外交樹立100周年にあたるそうで、各地でフィンランド関係の展覧会や講演会などが催されているのです(フィンランド陶芸展はマリメッコ展と併催)。

そのフィンランド陶芸展にも作品が出展されていたルート・ブリュック、一般的なテーブルウェア的な陶磁器と違って、陶板絵画を主とする芸術家です。

会場は1階、2階、地下に分かれており、1階と2階は撮影可能でしたのでまずは写真を見てください。

会場のキャプションでは彼女の作品をセラミック・アートと呼んでいましたが、なるほどそのとおりで、絵画というと二次元の絵が思い浮かびますが、彼女の作品は立体といってもいいもので、あくまで陶器の発色をアートの材料として使っているというべきなのでしょう。そのガラス質の質感は油絵具や水彩絵具ではどうしても出すことのできない光と質感があり、触ってはいけないと思いつつも手で触れて、その感触を確かめたくなりそうなザラつきと艶やかさが同居しています。なので通常の絵画とは違う回路を伝って頭の中に衝撃というか電気が流れていくのを感じました。

彼女はもともと建築家を目指したそうですが、二人の兄に反対されたことでグラフィックアートを専攻し、その後、陶芸の新たな可能性を求めたアラビア製陶所(カイ・フランクが所属していた)によって招かれて、陶芸未経験のまま陶器作品を作り始めた人でした。彼女のようにいわゆる陶芸をアートの材料とした人がもうひとりアラビア製陶所にいて、ビルゲル・カイピアイネンといいますが、彼の作品はフィンランド陶芸展で多数見ることができるので、そちらもおすすめです。

さて、ルート・ブリュックの作品の魅力は実はこれらの具象表現にはとどまらないということを、撮影不可の地下一階でわたしは知ったのでした。1階と2階は氷山の一角にすぎず、彼女のアートの真髄はまだまだ深いのでした。そうそう、展覧会のタイトルにある「蝶の軌跡」、この蝶がまったくまだでてきていません。

蝶たち(図録より)

彼女の父親は蝶の研究者でしたが、両親の離婚で父とは別れてくらしており、その父への憧憬で多くの蝶をモチーフにした陶板作品を作成しています。蝶の皿は型抜きで作られており、そこへ釉薬を塗り分けることでまるで標本のようにフォーマットのそろった多種多様な作品群ができています(彼女のミドルネームはさる分類学者の名前からとって父が付けた名だそう)。

彼女の作品は次第に具象表現から、多数の陶板を組み合わせたレリーフなどの抽象表現へと移っていきます。この組み合わせと各ブロックの表現の密度のバランスがすごくて、立ち尽くしてしまいました。1階から地階への通路でこのレリーフの一部が展示されています(ここは撮影可能)。

様々な釉薬による色彩表現だけでなく、その凹凸や模様の表現の細かさ、組み合わせがぎっしりで、これは人によってはちょっと強迫観念のように思うのかもしれません。ただ、病的なところはわたしは感じなくて、抽象表現の組み合わせによる美の探求という気がしました。破綻というか破調はなく、高度にバランスが取れているように思うのです。

イコンのレリーフ(図録より)

このひとつひとつのタイルのテクスチャ―の細かさ、立体感(写真ではわかりづらいけれど!)、配置へのこだわりに圧倒されました。観賞用に美術観賞向けの双眼鏡(PENTAX Papilio II)を持っていっていたので、ひとつひとつの模様や表面の仕上げをじっくり見ました。なみなみならぬ、こだわりの集成と完成度です。

*作品はどれもガラスケースには入っていないので、ぐっと近づいて見ることはできるのですが、近距離で双眼鏡で見ると肉眼で近づいて見るよりもはっきりと、それこそ顕微鏡で見るように細かくみることができるのです。

色づいた太陽(図録より)

後年にはこういった抽象表現はより単純化され、色彩もなくなり、黒か白のタイルで陰影を追求していく感じになっていっています。ガンダム世代的には月面都市グラナダみたいな感じに見えませんか?そう、彼女はじょじょに当初目指した建築家のような造形表現に向かっていったようなのです。とにかく、静謐で美しくて、なんどもこの作品の前を行ったり来たり、立ち止まってみたりしながら眺めていました。先にも述べましたけれど、手で触れてみたいという思いがこみ上げてきてうずうずしてしまいました。そのテクスチャを目だけでなく、触覚で感じたいと(触ってませんよ!)。この欲求はなんなんでしょうね。ガラス質や石のものってそういう感じないですか?。

ポスターにも使われているライオンのセラミックアートのような、可愛いらしいと思える表現作品が主体かとお思いきや、意外や意外、いい意味で予想を裏切られる(それは勉強不足っていうのだ)作品展開の奥深さに驚きましたし、その展開の過程を追うことでルート・ブリュックの探究心のようなものに触れたような気がして、ここ数年のうちに見た展覧会の中でも、特に特に印象に残るものになりました(前回、記事にしたメスキータ展もそんな展覧会のひとつです)。

ルート・ブリュック展は伊丹市立美術館で2019年10月20日まで開催されています。その後は2020年に岐阜県現代陶芸美術館、久留米市美術館へ巡回します。また、彼女をはじめフィンランドのアラビア製陶所の美術家たちの作品が集まったフィンランド陶芸展は、大阪市立東洋陶磁美術館で2019年10月14日まで開催しています。あわせてご覧になることをぜひおすすめします。

 

追記:美術鑑賞におすすめの双眼鏡のアフェリエイト貼っておきます。片手で持ってもぶれにくい6.5倍くらいがちょうどよいです。