フィフティ・ピープル

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チョン・セラン著、斎藤真理子訳『フィフティ・ピープル』、亜紀書房

淡々と紡がれているようでいて、ぎゅっと感情が詰まった芯を感じる。そこには隣人愛のような優しさとどうしようもない哀しさが凝縮されている。文章から離れがたい魅力がそこにある。

50人分の生活と出来事を綴る連作短編であるが、するすると引き込まれて気づけば5-6人分を一気に読んでしまうのだけれど、もっとゆっくりじっくり、自分の中の感情と相照らしたり、余韻が収まるのをじっくり待ちながら読むのがいいのかもしれない。

普遍的な人々の事件を描いているかに見えて、実は現代韓国で起きた事故や事件を題材に取っているものが多いという(訳者あとがき)。その辺り日本の読者に向けて翻訳者の工夫や解説によってうまく補われているため、訳者がいう(この本は)「倫理をめぐる物語」という意味は再読により、よりよく理解できる気がする。重層的に個人と社会を描きながら、それが短編という紙数の少なさの中で表現され、連作として成り立っているいうことが、作家チョン・セランのなみなみならぬ文章の力を証明しているように思われる。